2005年12月17日

第八話『悲しかったこと』

しばらく更新をしていない間に、悲しいことが立て続けに起こってしまった。

げーと、トモダチと、おっさん。

みんな、いなくなってしまった。

おっさんは事故。トモダチとげーは病気で死んでしまった。

おっさんの事故は雨の日の夜だった。

彼に気がつかなかった車が彼を轢いてしまったのだそうだ。駐車場の片隅で雨に打たれていた彼のために、コンビニのおじさんが段ボールで屋根を作ってくれた。それを知った近くのおばさんが、自分のうちの花壇に埋めてあげたいと連れて行ってくれた。

トモダチは、あんなにごろごろ太っていたのに、あるとき急激にやせてきた。内臓からやられてしまったんだろうか。食も細くなり、おなかを壊し、そして姿をみなくなった。

げーは、皮膚をやられた。ちょっとかさかさしてきていたので、予防接種をしたりノミ取りをしたり、薬を塗ったりとできる限りのことはしたけれど、結局駄目だった。

一度だけ、ぼろぼろになったげーが、うちまで来たことがあった。

げーの居住空間からうちまでは500~600メートルは離れていて、間には大通りが何本かある。それに、うちの位置すら知らなかったはずなのに、ある朝、聞きなれた「んげー」と言う声に、びっくりして外に出てみると、そこにげーがいた。驚いて元の場所に返しにいったけれど、ふと「あれは私たちに飼ってほしくて、力を振り絞ってここまできたのではないか」と思った。あわててげーを迎えに行ったけれども、もう彼はいなかった。何でそれに気がつかなかったのだろう。ショックだった。

冬になると、外は日中でも寒くて、野良猫たちはよく生きていると思う。というか、生まれたからには生きなくてはいけない。食べて、眠って、生きて。

それにしても。
聞いてはいたものの、やはり野良猫の寿命は短い。

気温の変動をもろに受け、ご飯も満足に食べられない。事故にだって遭う。わかってはいたけれど、お友達になった猫ちゃんたちが次々に死んでしまうのを見るのはつらかった。

そして、一方で今日もまた、新たな野良猫の一団を発見してしまった。

心無い人が捨てていったのだと、近くの人が教えてくれた。

大量のご飯を持ち歩きつつ、慣れてくれたら今度こそうちの子に・・・と思う今日この頃。

投稿者 らくーん : 22:41 | トラックバック (0)

2005年04月15日

第七話『君の名は・・・』

しろくろ通りは、300メートルぐらいあるのだけれど、例のしろくろ、ほか3匹がいるのは角にコンビニエンスストアがある方だ。というより、このコンビニエンスストアのおじさんが、お店の猫缶を彼らにあげているぐらいだから、彼らが住み着くのも当然かもしれない。

それからしばらくして、その反対側、しろくろ通りの終点に、茶シマのねこがいることに気がついた。終点のところにある角の一軒家のおじさんとおばさんが野良をかわいがってご飯をあげているらしい。最初は人を恐れて、なかなかなついてくれなかったけれど、数週間もするうちに少しずつ慣れて来てくれた。抱っこは嫌いみたいだけれど、姿を見かけると駆け寄ってくるようになった。

名前は「げー」。

「げー、げー」とハスキーな声で鳴くので、最初は「あんた面白いねぇ。げぇげぇ鳴くの?」という感じで声をかけていたのだけれど、いつの間にかそれが名前になってしまった。

どちらかというと、「げー」の前に、小さな「ん」が入るような変な鳴き方だ。周辺の人は、茶シマなので「ちゃーちゃん」と呼んでいるようだけれど、私たちの呼び名を聞いて笑いながら納得していた。世界広しといえども、げーという名前のねこはいまい、と、時折かわいそうに思いつつも、呼びなれてしまうとどうも変えられない。不憫なげーだ。

この辺りにはたまにメスの三毛猫がうろつくぐらいで、ほとんど「げー」一匹の庭のようだ。しばらくすると、私たち始め、近くの人が定期的にあげているご飯のせいか、丸々太ってきた。
「野良で太れるっていうのはいいことだよ」
しかも、ご飯を争う他猫もいない。
「あんたは長生きしなさいよ」
そうして、また一匹、お友だちが増えてしまった。

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2005年03月01日

第六話『食のあれこれ』

普通に食べるドライフードと猫缶はいいとして、人間が食べるようなものはどうなのだろうかとよく思う。ということで、「ねこにゃん」と暮らし始めて以降、いろいろとあげてみたことがある。

サザエさんの漫画に出てくるみたいに、やっぱりお魚は大好物らしい。夕飯にお刺身が出ると、いつの間にか数が減っていたり、焼き魚の尻尾がなかったりするので、それはもう、いわずもがな・・・だと思っているけれど、どうやら、お魚好きなのは、日本がお魚(海)に囲まれた島国だかららしいという話を聞いたことがある。同様の理由で、アメリカの猫ちゃんは、喜んでお肉を食べるのだそうだ。ちょっと信じられないような、なんだか納得できるような・・・。

それ以外には何を食べるのかと思ったときにまず浮かぶのが「ねこまんま」。あれは、「ねこ」とはつくものの、本当に食べるのだろうか。我が家の「ねこにゃん」に似たようなものの匂いを嗅がせてみたところ、よほど気に入らなかったらしく、くさいものを埋めるかのように器の脇を掘り始めた。駄目らしい。ご飯自体も好きではないらしい。よくわかった。

そのほかにいろいろと実験してみたところ、チョコレートと羊羹はいけることがわかった。あと、意外だったのが豆板醤。辛いのは彼は問題ないらしい。ちょっぴり気の抜けたわさびも大丈夫そうだった。お紅茶に入れるミルク(メロディアンミニ)みたいなものも大好物らしい。信じられない。

ならば、と思ってあげてみた香辛料のクローブは、よほど合わなかったらしくてぶくぶくと泡をふきだした。以降、クローブのビンは、見るだけで嫌がっている。

お酒はどうなのかなと思って日本酒を飲ませてみたところ、これが、ごくごくといってしまった。・・・けれど、飲んで少ししたら姿が見えなくなった。おーい、おーいと探していると、押入れのお気に入りの段ボール箱の中に、泥酔しちゃったおやじみたいな格好で仰向けになってごごご、といびきをかいていた。・・・見事に酔ったらしい。

もう一つ、面白い反応をしたのがドリンク剤。私はあまり好きではないのだけど、どうも、この薬くさいにおいが気になるらしいのでちょっぴりだけ飲ませてみた。そしたら、いつもはトイレにいくのも嫌そうな面倒くさがりやの彼が、俄然元気になって、部屋中を縦横無尽に息つくまもなく駆け回り始めた。じゃらしを持ってみると、普段は考えられない勢いで、何周も駆け回っている。

・・・これはもしかして・・・ものすごく効いたのだろうか。

そして、たった一口のドリンク剤の効果はあっという間に切れ、切れたとたんに、お気に入りの布団の上でころんと転がると、やはりぐー、と言いながら寝てしまった。私自身はドリンク剤があまり効かないので、ここまで激烈に効いた反応を見たのは初めてに近い。ドリンク剤って本当に効果があるんだ、と思わず感心してしまった。

そんな彼も、あと1カ月で9歳。10歳を過ぎると、もう、バリバリのシニア扱いになるらしい。だとするとあまり遊ぶのはやめておかないと。でも、今の猫ちゃんは、20歳近くまで生きることもできるとか。そうすると彼は人生の半分以上を年寄り呼ばわりされて生きることになる。それはあんまりではないか?そう思ったので、今日から赤ん坊呼ばわりすることにしてみた。どっちにしろ、いい迷惑かもしれないけれど(^^;

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2005年02月15日

第五話『しろくろ通り、猫模様』

女王様猫チョロ、こと「しろくろ」と出会う細道の終着点には、比較的大きな通りに続く1本の道路があって、角にコンビニエンスストアがある。ここにはしろくろのご飯を目当てに多くの野良猫が集まってくることが多い。コンビニエンスストアの店長さんが、また、とても人のいいおじさんで、いつもお店の猫缶を野良猫たちにあげているので、その効果たるや絶大だ。

けれど、どんなに野良が増えても、しろくろは女王様のままなので、私たちはこの通りをいつしか「しろくろ通り」と呼ぶようになった。

しろくろ通りには、他に白黒猫が2匹、茶シマ(お腹の部分が真っ白)が1匹住み着くようになっていた。

にえ白黒柄のうちの1匹は、妙に甲高い声で「にえ~」と鳴く。昔懐かしいお豆腐売りのラッパの音に、抑揚も音もそっくりだ。がに股で、歩くときにかくかく横に振れる。この子は、白黒といってもお手々の先っぽ部分と口の周りが申し訳程度に白いだけなので、丸くなって寝ているとまるで黒猫だ。周辺の猫好きさんたちの間では「パンダちゃん」と呼ばれているらしい。最初は一緒になって「パンダちゃん、パンダちゃん」と呼んでいたのだけれど、だんだんつまらなくなってきたので「ダンパ」と呼ぶようになった。そして、今ではその特徴のある鳴き声をそのままに「にえ」と呼んでいる。彼が人間語を理解できたらなんと思うだろう。ふと、そう思ってみた。

もう1匹の白黒は、若干バットマンみたいな模様だけれど、白と黒の割合はまあまあいい。ただ、鼻の真下に黒い模様がちょぼんと入っていて、ちょび髭のおじさんみたいだ。そうなると、名前はもう決まったようなもので、即座に「おっさん」と呼ばれ始めた。その見てくれに反して、鳴き声は高くてとてもかわいい。ちょっぴり臆病なところもあって、いつも後からご飯を食べに来る。

トモダチ茶シマ(+白)は非常にでっぷりとしていて食欲がものすごい。というよりもご飯に対する執着心がものすごい。人のご飯にむりむり割り込んできては喧嘩をしてでも食べつくすといった勢いだ。ちなみに、どうやら「にえ」の友達らしいので「トモダチ」と呼んでいる。

住猫が増えて、しろくろは常に迷惑そうな顔をしていた。誰かが必ずしろくろにちょっかいを出そうとする。そのたびに追い払っては、1人、雰囲気の違うオーラを発してたたずんでいる。やはり彼女は女王様だ。

ちなみに、このしろくろ通りのちょうど反対側の終着地点には、ごくごく普通の茶シマ猫が住み着いている。彼の話題もいつか、書きとめておこうと思っている。

投稿者 らくーん : 07:31 | トラックバック (0)

2005年01月31日

第四話『どうしてそんなに・・・』

何か?普段はだいたいパソコンに向かって仕事をするのだけれど、ときどき、どうしてもテーブルで物書き作業をしないといけないことがある。めったに使わないテーブルを出してきて、筆記用具や資料を積み上げ、お茶セットも用意してやれやれと作業を始めると、目を輝かせてテーブルに乗ってくるのは我が家のわがまま一人息子「ねこにゃん」だ。

テーブルの大きさはだいたい縦横60センチぐらいずつ。資料とお茶セットを置くともう、いっぱいいっぱいになるというのに、肥えて4.5キロになった巨体がむりむり乗ってくる。そして、書き物をする資料の上にどかっと腰を下ろすと、当然の顔をしてグーグー言い出す始末。仕方がないので、腹の下に敷かれた資料を引っ張り出し、かろうじて空いている角の小さな小さなスペースで、辛い思いをしながら書き物をしていると、のっそりと顔を起こしては、かりかりと動く鉛筆の先にほっぺたをこすりつけてきてはすりすり、すりすり……。

「あのね、とっても邪魔なの」

一応言ってみるけれど「僕のこと好きでしょ」と言わんばかりの顔でご機嫌を取ってくるねこにゃんに「しょうがないなぁ」と根負けする私。そして、好き放題の寝姿で資料の一切をけり落とす彼に、最後には床にはいつくばって書き物をしながら「なぜ君がそこで寝ているの、どうして私がここで仕事をするの!」と暴れてみるけれど、当の本人はどこ吹く風。

そういえば、雑誌や新聞を広げて読んでいると、やっぱりその上にどかっと座り込むことが多いような気がする。猫ちゃんって、紙の上が好きなのかな?ちょっと不思議に思う今日このごろ。

投稿者 らくーん : 22:37 | トラックバック (0)

2005年01月15日

第三話『しろくろ』

今の土地の裏に住み着いている猫家族の話は第二話で書いたけれど、この土地に引っ越してきて一番最初にお知り合いになったのは、白黒柄のメス猫だった。

うちから400~500メートルぐらい離れたところにあるコンビニの前で、ぽつんとたたずんでいた彼女は、当時で多分2歳ぐらい。とても人懐っこくて、おとなしい猫だった。

彼女を見たときにまず目を引いたのが、白と黒のバランスのよさ。

白黒柄の猫は、結構、黒の配分が多くてバットマンのようになっていたり、白の部分が多くて、目の上の黒い模様がまことちゃんカットみたいに見える子が多いけれど、彼女の場合はなんともいえず絶妙にホルスタインなのだ。

周囲の人によると、この子はもともとは飼い猫だったらしいのだけれど、その家の猫があまりに増えてしまったので、野良にしてしまったということだ。

言われてみれば、確かに人なれしていておとなしい。明らかに飼われたことのある猫ちゃんという感じだ。しかも病気すらした様子がないから、予防注射をきちんと受けていたのだろうと思うし、聞いたところによると避妊手術までしてあるそうだ。

そこまで大事にしておいてなんで……と、割り切れない思いを抱いてしまったのは私たち夫婦だけではなく、周囲の人たちはみな一様に「なんでこんないい子を捨てるかねえ」「増やす前に、まずは今いる猫じゃないのねぇ」と言っているそうだ。

しばらくしてから、この子の名前は「チョロ」だということがわかった。近辺の人たちにかなりかわいがられているようで、通り過ぎる人たちが必ず「チョロ、チョロ」と声をかけていく。その多くが、必ずご飯をあげていく。野良にはなったけれども、この子は、野良の中でもかなりいい方の生活をしているのかもしれないと思ってしまった。食べ方もおっとりだし、好きなときに食べるという感じだ。

しろくろそして、私たちも例に漏れず、ご飯を持ち歩いては「チョロ」にあげるようになった。ただどうも、チョロという名前だけは呼びづらく慣れないので、最初に呼び始めたときの名前でもある「しろくろ」のまま呼び続けているのだけれど、さすが彼女は賢い。しろくろ、と呼んでも駆け寄ってくる。すっかり仲良しになってしまった。

周囲の猫とはあまりうまくやっていないようだ。

というか、しろくろはどうも「猫なんか嫌いよ」の女王様タイプの猫みたいで、近くに猫がいると、ものすごく怒る。食べていたご飯も途中で止めてしまう。みんながしろくろにご飯をあげるので、そのおこぼれに預かろうとした野良が、一気に3匹増えたことがあった。そのときのしろくろといったらいつもご機嫌斜め。しゃーしゃーいってばかりだった。

その3匹の野良のうち、2匹は白黒柄、1匹は茶シマ柄だった。このあたりは白黒人口(猫口?)がとても多い。この子たちの話題もいずれ……書き留めておこうと思う。

最初に会ってから、もう4年ほどたつけれど、しろくろはいまだに健在だ。寿命が短いといわれる野良にしては、かなり健康的で元気がいい。まだまだ何年もいけそうな勢いだ。毛づやも手触りも最高にいいし、食欲もある。いつもビッグサイズ生缶をペロリと平らげる。

わがままで猫嫌いな我が家の1人息子「ねこにゃん」がもっと、おおらかな猫だったら、いつでも連れて帰るのに……と思う今日このごろ。

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2005年01月01日

第二話『おやじという名のお袋』

今のところに引っ越してきたのは4年ぐらい前だけれども、当時、うちのすぐ裏の用水路に二つの猫家族が住み着いていた。

一つは三毛猫ママとその子どもたち。そして、もう一つの家族は、茶シマに白の入ったママ猫の一族。

三毛猫ママの方は、仔猫を産んだばかりでいつも気が立っていた。ご飯をあげに行っても、近くを通り過ぎても、常にシャーシャーと威嚇する。その威嚇の仕方がまた珍しかった。普通、猫は蛇みたいに「シャー」と言うけれど、どう考えてもこの三毛は「シャッ」としか言っていない。極端に短いのだ。いつしか彼女は、私たち夫婦に「シャー子」と呼ばれるようになった。シャーシャー言うからシャー子。

シャー子の仔猫は黒猫と、茶猫、そして、黒と茶がごちゃ混ぜになった雑巾みたいな柄の仔猫の3匹。けれど、仔猫の3匹は、決して人前に出てこなかった。シャー子が出さないのかもしれない。2年後ぐらいに、雑巾柄に似た猫を一度だけ見かけた。大きくなって、自分でご飯を捕れるようになったのかもしれない。シャー子は、相変わらず今も時々ご飯をねだりに来る。

かたや、茶シマママの一族の話題は尽きないほどある。

茶シマママのことは、私たち夫婦は「おやじ」と呼んでいる。

これにはわけがあって、当初、シャー子にご飯をあげていたときに、かなり後からシャー子に割り込んでご飯を食べに来る猫がいた。背中は茶色のシマシマで、おなかとお手々と顔の一部が白い成猫。ずいぶん態度が大きく、かといって、シャー子が特に威嚇するわけでもなかったので、シャー子の仔猫のパパなのだろうと思っていたのだ。人一倍食欲もある。

でも、シャー子と会ってからほんの数カ月後のある夜、ゴミを出しにいったときに「おやじ」が、自分と同じ柄の猫を3匹引き連れてすり寄ってきた。おやじが4匹出てきたのかと思ったほどそっくりな彼らは、だけど、おやじよりも一回りも二回りも小さい。もしや、と思っておやじのしっぽを持ち上げてみたら、なんと。今までオスだと思っていたおやじが、メスだということに気がついた。このそっくり仔猫たちの母親だったのだ。

そうか、それで人一倍食欲もあって、シャー子とは仲がよかったのかと、そのときには納得したけれど、長い間「おやじ、おやじ」と呼んでいたので、以降彼女は、おふくろなのにおやじと呼ばれるという奇妙な猫になってしまった。

おやじの仔猫はみんなかわいくて元気で人懐っこい。ご飯もたくさん食べる。

野良はあまり長生きをできないというけれど、君たちは長生きしなよ、と声を掛ける日々が始まった。

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2004年12月01日

第一話『すべての始まり』

キジトラ柄。
8歳(もうすぐ9歳)。
オス(去勢済み)。
丸しっぽ。

そして、甘えん坊。

我が家の生きたぬいぐるみ、「ねこにゃん」の特徴を即座にあげるとするとこんな感じになる。好きな食べ物だとか、お気に入りの場所などまで言及しようとすると原稿用紙が何枚必要になるかわからないけれど、とにかく、我が家のトラブルメーカーであり、アイドルであり、かわいい息子であり、毛100%の枕でもある。

「ねこにゃん」との出会いは、彼が3歳のとき。初めて見たときに、あまりのかわいさにすっかりとりこになってしまった。

実のところ、二十歳を過ぎるまで猫というものにはあまり関心がなかった。

一番最初にある記憶は、小学校低学年のときに通っていたピアノの先生のお家の黒猫。「こんにちはー」、と入っていくと、玄関先で寝ていた黒猫の家族3匹が、ぬっと顔を上げる。それまで間近で猫を見たことのなかった私は、真っ黒い猫が開いた黄色い目が不気味に光ったように見えて、とても怖かったのを覚えている。

時には待合用いすを我が物顔で占領していることもあった。もちろん、いすを占領されている間、自分は立ちっぱなしだ。そして、慣れていない人に対しては容赦なく飛んでくる猫パンチ。

日増しに猫に対する印象は悪くなる一方。十数年後に自分がその「猫」のとりこになるなんて想像も出来ない時代をすごしていた。

その私ががらりと変わったのは、「ねこにゃん」と出会ったときだ。

当時、まだ結婚前だった旦那のうちに遊びに行ったときに、旦那と一緒に出迎えてくれた「ねこにゃん」。その毛皮は見事なこげ茶色。そこに黒いシマ模様が入っていた。額にはM型の模様。後から、それがキジトラという柄の猫の特徴だとわかった。

さて、当の「ねこにゃん」本人は、人見知りもせず、思わず振り返る美声の持ち主だった。加えて、お利巧そうな顔、飼い猫ならではのふかふかの毛皮。ときにぴったりくっついてきて、あっという間に眠ってしまう姿がまたかわいい。そうやって、始終彼と一緒にいるうちに、いつのまにか猫なしではいられない人に変わっていってしまった。

その病気はいまや、お外の野良猫ちゃんまで広がり、行く先々で猫を見かけては足をとめ、時に草むらまで追いかけて行ってまでもご飯をあげるという、奇妙な猫夫婦と化している。

一見のんきに、でも真剣に毎日を生きている野良猫ちゃん。

いつも心和ませてくれる我が家の「ねこにゃん」。

周囲で起こるねこちゃんどたばた風景を「猫友だち100匹できるかな!?」のスローガンのもと、のんびりまったりと書き綴って行きたいと思います。

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2004年11月14日

前書き

どの街に出かけても必ず見かけるもの、それは猫のいる風景でしょうか。
以外と、同業さんの中には猫好きな人が多いこともあって、猫を語るエッセイを書いてみようと思うに至りました。

日ごろ一緒に生活する一匹のきじとら。
外に一歩出ると駆け寄ってくる多くの野良猫。
始めて歩く町並みで見かけた猫……。

そんな彼ら彼女らの生き様を面白おかしく、ときに真剣に書いていきたいと思います。
ただいま、猫友だち100匹目指してばく進中です!

どうぞよろしくお願いします。

投稿者 らくーん : 17:18