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2005年06月01日

第5回「ウチナーグチ」

もう、10年以上も前の話です。初めて沖縄に観光で来たときのこと。国際通りがすぐそばなのにもかかわらず、国際通りへの道がわからず、そばを歩いている「おじー」に道を尋ねたことがあります。「おじー」は私たちの言っていること理解しているようで道順を話し始めた様子。が、私たちには何を言っているのかさっぱりわからない!外国語のよう。手振り、身振りがあったので多分「右に行く」といっているのだろうと判断?! 結局私たちは相変わらずの“迷子状態”のままでした。 初めての「ウチナーグチ」体験でした。

「ウチナーグチ」とは
「ウチナーグチ」(沖縄方言)、言語学上の定義によれば琉球語と言えるようですが、現在琉球は国家を形成していませんから、沖縄方言ということになるようです。 「沖縄方言」といわれると、関西弁や東北方言などと同列におかれたような感じがしますが、そうではないようです。琉球大学を中心に言語研究者などで構成される「琉球語音声データベース作成プロジェクトによれば、沖縄方言は北海道から九州までの本土全体に対立し、日本語を二分する方言」ということです。琉球方言と本土方言は、共通の祖先(日本祖語)から弥生時代を上限とし古墳時代頃までの時期に共通の背線から分かれたと推定されています。 ちなみに「アイヌ語」も方言になるのかというと、日本語の系統とは違う言語として捕らえるのが一般的なようです。

言語とは何か
けれど、どうも引っかかる。本土方言と比較するほどの大きな違いがあると言いながら、関西弁も東北弁もウチナーグチもひとくくりに「方言」と言われています。言語と方言の境界線はどこなのでしょう。 「言語という定義は非常にあいまいです。普段言語と言うとき、それは言語学的なものではなく、政治的な意味であることが多いんです」と国際基督教大学で国際関係学を教える言語学者のジョン・マーハ教授は話されています。 例えば、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語は言語学的には非常に近く、イタリア語を話す人とポルトガル語とを話す人が会話すると、90%は通じ、お互いの新聞も読める。しかし、だからと言って「イタリア弁」「ポルトガル弁」とは言わない。なぜか。 言語を決めているのは国家だからです。権力や武力を持つ方言が言語となり、持っていないものはいつまでも方言と呼ばれることになります。 琉球(沖縄)は、日本という国家に組み込まれているから方言ということなのです。

琉球語
言語学的には、
○音に特徴がある。
○その言語に多くの変化形がある。
○歴史・文化的背景をもつ。
この3つがそろえば「言語」であるとされています。それをウチナーグチに当てはめれば、当然のごとく琉球語ということになるでしょう。19世紀までは「琉球語」と呼ぶのが常識でした。しかし明治に入り、政府によって「何を言語とし、何を方言とするかが決められ、琉球語は「沖縄方言」とされたのです。 そして沖縄では「標準語化運動」が強力に展開され、当時の新聞には「方言の殲滅(せんめつ)へ」などと語気の強い見出しが見られました。学校では「方言札」によってウチナーグチを禁止し、各集落では「方言使用禁止」の立て札が立てられました。

言語学上は琉球語、政治的には沖縄方言。その不明瞭な境界線上に、現在の沖縄の姿があるようです。


「方言札」………1879年(明治12)のいわゆる琉球処分後、明治政府による標準語化政策が進められ、日本の共通語を使わせるために各学校で行われた罰、みせしめの札。ある者がウチナーグチを使うと、次の違反者が出るまで札を首から吊るすことを命じられた。方言札をかけさせられた者にとって、次の違反者が出るまで首からかけていなければならない、屈辱的なものだった。

琉球新報週刊「レキオ」Vol.1047ルポ編集部が行く・村松志門執筆『「言語」か「方言」か』を参考にさせていただきました。

投稿者 まじゅん : 2005年06月01日 01:00

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