2004年12月01日
座間味島での第1歩
こんにちは まじゅんです。
「沖縄あれこれ」第1回目は、沖縄上陸初めての移住先「慶良間列島『座間味島』」のことからです。
はじめて座間味村を訪れたのはダイビングを楽しむためでした。海の青さにびっくり「まるで写真みたい」と思わず叫んでいました。島に行くたびに宿泊する民宿で民宿経営を一緒にやろうというオーナーの言葉で、タウンエースに詰め込めるだけの荷物を詰め込み島に到着。
ここでちょっと座間味村について

『写真提供座間味村』
座間味村は、沖縄本島那覇から南西へ約40キロメートルの洋上に浮かぶ大小20余の島々からなる離島村のひとつで、東に渡嘉敷村、北西に渡名喜村、粟国村、久米島を望むことができます。
面積は、16.87平方キロメートルで全島の地形は、平坦地が少なくほとんどが山林地域となっています。海岸線は50キロメートル余に及び、各島の北側の海岸は切りたった断崖から成り、南側の砂浜はそれぞれが珊瑚礁にふちどられ、世界有数の透明度を誇る海がすばらしい場所です。島の人口は1000名ちょっと位。
一周道路はありませんが、島の端から端まで舗装路が走っています。中心にある座間味集落からスクーターで西にも東にも30分くらいで端に行き着く位です。
夏はダイビング 冬はホエールウォッチングと一年を通して観光客でにぎわっています。
こんな島での生活が始まりました。
まず驚いたのは信号機がありません。少なくとも10年前はなかったです。まあ、必要ないといえばないんですけど。交通量は少ないし、かっとんで行く車もないし。
それと夜が暗いこと!そして夜空の美しいこと!降るような星の数。当たり前のようですが、新宿生活で暗い夜はなかったような。。。星は見えていたのでしょうか。
島にはスーパーが1件、スナックが1件、喫茶店が1件、豆腐屋が1件。保育園と小学校、中学校が1つずつ(10年前のお話です)。
新宿で生活していた私たち夫婦にとっては、非常に新鮮でした。何もかもがゆとりを持って流れていくという感じでしょうか。
朝は海へ行って深呼吸。
昼食をとったら昼寝です。何せ暑いので昼間の炎天下に外を歩いている人はほとんどいません。ダイビングできている観光客くらいかな、炎天下を元気に動き回っているのは。
夕方は護岸堤で夕焼けを眺めながらビールをぐぃ!夜になるとそこへ近所の「おじい」が三味線を持って現れ島歌(沖縄民謡)を歌います。
民宿の手伝いをしながら、毎日がこんな風に流れて行きました。事情があり3ヶ月間で島での生活は終了しましたけど、思い出深い3ヶ月でした。
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座間味島はダイビングの観光客が多いので、その影響か、はじめは小さかった民宿もかっこよくペンションに改造したり、民宿自体の規模も大きくなっていくようです。
だんだん沖縄独特の民家も少なくなって…
今でもあの島は変わってないのでしょうか。いや変わっているはず!
変わらないでいてほしいというのはやはり「ナイチャー」の身勝手でしょうか。
観光で成り立っている沖縄なので、沖縄独特な風情を残しながらの開発であってほしいなぁと思う今日この頃です。
●「ナイチャー」……沖縄方言で内地の人のことを指します。ちなみに沖縄の人のことは「ウチナンチュ」です。
●「おじい」……沖縄では「おじいちゃん」とはあまり言いません。おじいちゃんを「おじい」、おばあちゃんを「おばあ」が定番の言い方です。
投稿者 まじゅん : 2004年12月01日 00:00