2005年9月
マニフェスト
マニフェスト(manifesto)とは、元々は宣言とか声明書という意味だが、最近よく使われているのは、各政党が出す「政権公約」としての意味。おととし(2003年)の総選挙で民主党がこの言葉を連呼したため、あっという間に浸透・定着したコトバ。「政権公約なんて今までもずーっとあったわい、横文字にしたからって何が変わるんじゃい」とお怒りの方もいるのでは。
かく言う筆者も、何やら民主党が横文字使ってかっこつけてるな、と当時は思ったが、定義を調べたところ、微妙だが大きな違いがあることが判明した。
政権公約の方は、いわゆる「政策理念」を打ち出すもの。「社会保障の充実を目指す」なんてのがそうだ。
一方マニフェストは、「政策パッケージ」そのものを打ち出すもの。「社会保障の充実のためには予算がこれだけ必要です。我々はここを削り、こういう制度を設け、こういう保障が受けられる社会を目指します」という政策そのものが盛り込まれる。
昔から、選挙時に公約したことを破ったりすると、「公約違反」と言って地元とかマスコミとかにバンバン叩かれていた。が、マニフェストを実行しないと、世間の目はもっと厳しい。なにせ、「成績を今よりも上げます」じゃなく「毎日5時間の自習を実行し、国語で90点以上、数学で80点以上を実現します」と宣言してるんだから、現在国語が60点の人が80点取っても「公約違反」と叩かれてしまう。マニフェスト選挙は、厳しいのである。
さて。今の時代、ネットで各党のマニフェストが見ることができる。各党、どんなことを書いているだろう?
見てみて、なるほどなぁ、と思う。与党、連立政権を組む党、野党第一党、野党……それぞれの立場が、マニフェストににじみ出ているなぁ。
どこの党のマニフェストが一番、なんてことは、筆者には言えない。
ただ、曖昧なマニフェストを掲げておいて「実はあれはこういう意味だったんですよ」という後だしジャンケンみたいな真似も、大風呂敷広げておいて、政権握った途端「言ったはいいけど、現実見るとどれも無理だなぁ、どうしよう」なんて途方に暮れる真似も、「どうせ与党の賛成多数で通るんだし。対案がなければ議会を欠席して抗議だ」なんて有権者をバカにした真似も、やめて欲しいと切に思う。
汝、 その健やかなる時も、病める時も、 喜びの時も、悲しみの時も、 富める時も、貧しい時も、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか? 「……はい、誓います、って言った癖に……」 ピピッ、と音がした。体温計を抜き取って見ると、表示されている数字は38度4分。 ふすまの間から覗く隣の部屋からは、軽快な音楽が流れてくる。わたしにはタイトルもよく分からないゲーム。深夜、秋葉原の店に並んで購入したのだと自慢してたっけ。 病床から身を起こし、ゼーゼー言いながら、ふすまを開ける。テレビ画面に釘付けだった男が、振り返った。 「お、大丈夫?」 「……これが、大丈夫に見えるわけ?」 お前の目はふし穴か? 第一、あんたが会社からもらってきた風邪なのに、なんであんたは1日で治って、わたしが2日も寝込んでるのよ。 声なき声が届いたのか、男は気の毒そうに、心底心配そうに眉をひそめる。 「うーん、まだまだ苦しそうだねぇ。ごめんよ、オレがヘンな風邪もってきちゃったせいで。寝てた方がいいよ。ゆっくり休んで」 「……そうさせてもらってるわよ」 「あ、ところでさ」 心からのいたわりの言葉をかける男は、心配そうな顔のまま、こうのたまった。 「オレ、そろそろおなか空いてきたんだけど、今夜の夕飯なに?」 |
本日の教訓:マニフェスト 公約違反は 地獄行き / 世の奥様方詠む
(注:知人から聞いた話をもとにしたフィクションです。筆者宅の日常ではありません)